2018年3月27日火曜日

セントポーリアの小さな展示会

Ma's Happily Ever After
The Alps
いよいよ、今週末展示会となってしまいました。😓
○3月31日土曜  4月1日日曜日の2日間
○場所 東京都江東区総合区民センター 2階ロビー(都営新宿線 西大島上)
○時間 31日 10時〜16時
           1日 10時〜14時30分

先着20名様に、苗のプレゼントを用意しました。
ハガキをお持ちでない方は、このブログを見たとお伝えくださいませ。

今年の東京地方は、例年にない寒さで皆思うように育てられませんでしたが、この日の為に努力しました。

一方、私も下記のような様々の事情で…
お恥ずかしながら、展示会作品を手掛けて40年で、初めて失敗してしまいました。😔

だから、ショープランツを手掛けてくれなかった「会員」に何も言えません…
うちの会は個性豊かで・・・私の言う通りやってくれない人が大半。
「笛吹けど踊ってくれない😌」会員たちばかりです。

例年の2/3程度の展示数ですが、ご覧いただけたら幸いです。

2018年3月18日日曜日

なるほど…

The Alps

好きな花です。

葉に艶がなく、外側の葉は、黄ばみ、、、
これでも7枚の葉をすでに取っています。

本で調べました。

リン酸の不足。。。。

なんで〜と思うことがすべて解決!

窒素過多➕リン酸不足=私のセントポーリア

余っているからと使った肥料

まるで水耕栽培のような、私のウィック栽培には不向きでした。

さ〜て、これから何とかなる。
原因が分かったから。

正確には、葉の分析をしなければなんとも言えないでしょう。

でも、素人はこんな事で納得できる。

全て、自分のせいですね。
ごめんね。私のセントポーリア!

テフロンのお鍋から出るガスだけではなくて、肥料まで、、、

セントポーリアが化けて出るかもしれませんね。
枯らして無くなったのも数鉢あります。。。。

肥培管理は難しい。

あんなに簡単に大きくしていたのが、本当に夢のようです。

2018年3月17日土曜日

原因は…

暖かくなりましたね。
苗の育ちが良くなってきました。

我が家はガス障害から抜け出せたと思ったのですが…まだでした。


全て、今日の画像・・・・テフロンも使っていないし、ガスの可能性は皆無。

確かに、ガス障害のシミは残っています。

ところが…・
セントポーリアのラインの会の中で話し合う内に、気が付いて「カルシウム不足」を調べました。

「芯腐れ」確かにそんな症状です。

何で?😥
東京ではならなかったのに?😴

原因ですが、詳しい事は分かりませんが、
「水の違い」

「窒素肥料過多」
ではないかなぁ~~?????と

最近与えていた肥料は、窒素、リン酸、カリ
のほとんど等量に近いものばかり。
栽培はウィック、これは昔からずっと同じでしたが、千葉と東京の水の違い。

考えも及びませんでした。

千葉市内の水はやや酸性
東京の水は弱アルカリ性

ハハハ、水かぁ〜
医師から体調不良は「水が変わったから」と言われていたのに…
花見川区にいた時は、水耕栽培用の肥料を使っていましたが、
窒素が少ないのが気になって…ここにきて変えていました。

しかもここ最近、(たくさんあるから)と、オプチマラの14-12-14を使って。😱

窒素過多は、カルシウム不足を生む
湿っている土壌では、特に起こりやすい

オプチマラの肥料が悪いわけではありません。

栽培環境の違い
肥培管理の違い
等々いろいろあるでしょう。

あのピートモスだけの用土で、水やりは決まった時間に霧状に空中散布。
温室自体が、90%の湿度を保っている。
土はやや乾き気味…
それで、花盛り…🌸🌸🌸🌸🌸

はい、よく分かりませんが、そのせいにしておきましょう。😓
これで治ったら、私の肥培管理のミス!😔

確かに、ウィック栽培でないものはこの症状が出ていません。😖

明日から早速 肥料を変えてみます。

どうか、そうでありますように!

今年の展示会、私の🌸はありません。

展示会の花づくり、初めての失敗です。😰偉そうなこと何も言えません。

2018年3月4日日曜日

春が来た!

道端で(千葉市内)
道端のコンクリートの隙間で見つけた春です。

スミレ、タンポポ、、、誰が植えたわけでもない…

ごく当たり前の花!でも強い!

東京のど真ん中で、生まれてから72年暮らしてきた私には、
ここ千葉の嬉しい春の景色です。

今、目の血管が切れて、ひどい状態!角膜下出血!
「重い物を持ったから!」
と言われても、一人暮らしは 持たなければ生活できません、、、
昨日は古新聞を出したし、今日も重い買い物袋を下げて・・・
どうやらまた切れたようで、少し痛みます。

はぁ〜、、脳内出血でなくて良かったのかも。

そういえば…TVの津波河川遡上
一つ間違ったら、、、あの時一緒に流されていたら。。。

2011年3月11日
何も知らずに、主人と二人で茨城県でゴルフをしていました。。。

ゴルフ場が途中閉鎖で、慌てて帰る途中、ラジオのニュースでただならぬ地震であったことを知った「のんき者夫婦」、携帯の電池は切れかけていたし、ネット接続もしてなかったので車のラジオのみが情報源。

高速が止まり、利根川の脇の県道を走って、国道に出るまで15分の道を5時間、余震の続く中を国道に出てからさらに家まで8時間、13時間かかって夜通し走って明け方自宅に着いて・・・あ~~、もう涙も枯れましたねぇ~~~

もしも利根川を津波が遡上していたら…あの場所は海から20キロ無いでしょう。
大渋滞の車はどうなっていたでしょうか?

地震を境に仕事がなくなり…それから一年半経って、主人は病気で倒れ…

私も大きく運命が変わりました。

津波でなくなった方ばかりを悼みますが、自身で仕事を失って病に倒れた人もいるのに…

地震の日のゴルフ、、、あの日を境に、全てが変わったのでしょう。

うねる大地を目の前に見て、ゴォ~~という地鳴りを生まれて初めて聞いて…津波による土埃を「不思議な雲」と思って、、、

あれからもう7年が経ちました。

全て忘れません。😢
たとえボケても忘れません…

今はスミレもタンポポも、私には「生きている喜び」です。

与えられた残りの「生」を大切に生きたいと思います。